Ugly
Duckling
「なあ。」
普段ほとんど自分からは喋ろうとしない彼が、突然話しかけてきた。
「……なんだい?」
ほんの少し面食らったものの、牛尾はゆっくり答える。すると彼も、ぼそぼそと話し出す。
「醜いアヒルの子って知ってるか。」
「ええ?」
毎回毎回、この人の言い出すことは全く予想外で驚いてしまうな。そう内心思いながら、少し笑んだ。そんな所さえも、自分は嫌いになれないでいる。むしろ見ていて飽きない、楽しいと思った。
「童話の、かい?」
「そうだ。」
「知ってるよ。」
「その話でな、醜い奴はどうなった?」
――質問の意図が分からない。
咄嗟にそう考えたがさすがにそれを言う気にはなれず、とりあえず牛尾は質問文そのままの意味ととらえて返事を返した。
「…最後に綺麗な白鳥になって、めでたしめでたしじゃないかな。」
「そうだ。」
まさか本当にそのまんまだったとは、と、牛尾が半ば脱力している所へ、彼――屑桐は、言葉を重ねた。
「けどな。言ってみればそいつは、母親とは生き別れアヒルどもには苛められ、最後でさえ生物分類上種類が同じというだけの見たこともない白鳥たちのところへ行くしかなかったんだろ。」
彼の手の中の白い紙ヒコウキが、低く空を滑った。話す時、屑桐は相手の顔を全く見ようとしない。そしてその方向を向こうともしない。
今も隣で立っている牛尾の方を見ようとはしていなかった。彼自身は薄汚れたコンクリートの階段の下から三段目にどっかと座っている。そしてその目線は、すでに地に落ちた紙ヒコウキをただじっと刺していた。
「なあ、そいつは、本当に幸せだと言えるのか?」
ほんの少しの、沈黙。
「――知らないよ。」
牛尾は、やはり微笑っていた。彼は幼い頃から微笑いかける以外に人の気を害さない方法を知らなくて、そしてそれ以外の方法があるなんて今さら気付いた所でそれはもうどうしようもないことだったから、やはり今も微笑っているのだった。
「でも、その子は飛べたんだ。新しい世界へ、ね。」
地面にぐったりと横たわったままだった紙ヒコウキが、風でもう一メートルほど動いた。音も無く舞い上がり、ぱさりとなんの衝撃も感じさせずに落ちて。
土ぼこりにまみれた風で、それはさっき飛んだときよりも哀しく見えた。哀しい、とも言えないかもしれない。むしろそこには表現すべきものなど何も無く、しかしそれは紙ヒコウキの存在すら無にしかねないこととして自分達の脳が勝手にふざけた感慨めいたものを取り付けているのかもしれなかった。
しかし、それでも。
それでも、飛べることに変わりはない。
「…だから、やっぱり、幸せなんじゃないかい?」
牛尾の返答が終わってからたっぷり一分。
今日ここに来てから、彼は初めて笑った。フハハハハ、決して大きくは無く決して威厳があるわけでもないのにどこか威圧的な笑い。大体『フハハハハ』などと表記できる時点でそれは少し異常、いや、変わっていた。でももう慣れてしまったから牛尾は吹き出すことも無い。
「……なんか、ぼくの答え、ヘンだったかな。」
「いや。ただ……」
屑桐は、空を仰ぎ見た。白いバンダナが風にはためく。その瞳は太陽を映しているというのに未だその漆黒を保って、そして太陽とは別の何かで煌めいていた。
「…やっぱり、俺とお前は、違うな。」
独り言のように呟かれたその言葉に、牛尾はただ少し顔をしかめ、考えるような顔つきになる。
「…そうかなあ?」
「ああ。違うよ。」
即答されて、でもこんなに気が合うのに・と、どうにも解せないというふうに何やらぶつぶつ言っている牛尾を横目で見、屑桐はまた笑った。心底愉快そうな笑いだったが、恐らくそれは決してそういった感情からくる笑いではなかっただろう。
違うさ。
こんな他愛もない事の解釈だけで、俺とお前はずいぶんズレている。
きっと俺たちが覚えていないようなずっと昔に、俺たちの歯車はすっかり整え終わってしまったんだろう。絶対に噛み合うことの無い、種類も質も違う歯車。
どこに使われどう働くのかすらもう決まっているのかもしれない。とにかくそれは俺とお前では全く違うのだ。どこをどうやってこうして顔を合わせたのかは知らないが、しかし、必ず。
違う歯車は、いつか合わなくなる日が来るだろう
彼は誰よりも寡黙だった。
「寡黙」と言ってもただ黙り込むのではない。誰よりも何かを言うのを嫌い、けれど何かを見ているのは好きで、そしてそれだけに誰よりも色んなことを知っているのだ。
だから、彼には判ったのかもしれない。
もちろんなんとなくの範囲であって、それはまだ必ずしもこのまま現実になるとは限られていないけれど、しかし今のところはそうなのだ。
少し残念な気もする、その、小さな真実、紛れもない現実。
いつか、この少しお人好しでだけど優しい友人とも、道を分かつときが来る・と。
他愛のない会話の続いたその日々も、いつか、遠い遠い、甘くもないのにどこか軽くて、優しい思い出となるのだろう。優しいからこそそれは蘇るたびに何かしらの嘘や噂につきものの尾ひれなどをくっつけていって、いつしか変容を遂げるのである。
変容すら愛せる人間など、この世に果たして何人居ることか。
少なくともそれは牛尾たちには当てはまらず、彼らは変容の果ての原型を認める日までその醜さを嘆くことと思う。
---------------------End.
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なんでMSゴシックになんかしたんだっけ(字体)…忘れちゃった(ぉぃ
屑牛。思い返してみると意外とよく書いてる(ぇ) でもこの小説はかなり手直ししました。なんとなく終わり方が気に入らなかったもので;
中学生のちょっとだけ不良も入ってる屑桐さんが好きです。なんとか牛尾さんと仲直りできると良いなあ。作品の読者としては、せめてその過去だけはっきり分かってくれないかなあと思ってます(最低限の希望)